メイド喫茶の始まりは「コンセプトカフェ」のひとつとしてはじまり、最初のブームを秋葉原で迎えたところから全国に広がっていき…多少伸び悩んだ感はあったりするものの…市民権を得たかどうかは不明ながら、ひとつのジャンルとして確立されたものがあります。
最初は学校の文化祭の模擬店のようなところもあったかもしれませんが、次第に「英国紳士がお茶をたしなんでいそうなクラシカルなメイド喫茶」「萌え萌えキューンのパフォーマンスをはじめとしたポップな感じ「萌え系」」など骨格を得てきました。そのように骨格のあるところは今は閉店してても10年間あたりまでは営業を続けられていたり、不動の地位を得た状態で今も君臨し続ける店もあります。
とはいえ最初の始まりは「秋葉原でくつろげるところを」と言うところから始まっていることから「電気街に立地する喫茶店」の要素も兼ねています。これは名古屋栄大須、大阪日本橋にも共通してみられる傾向かと思われます。
ただ大阪日本橋界隈だけで言うとメイド喫茶以外の喫茶店は多く点在し、e-maidも昔は普通の喫茶店であったことは知っている人は知っている事実です。今でも昔ながらの喫茶店は営業を続けており…亭主の高齢化に伴って閉店は時間の問題の場合があるにしても…大阪日本橋界隈の風物詩であることにかわりはありません。またメイド喫茶で言うとCCOちゃが一番の老舗と言われておりその当時からの店の方向性はほぼ変わっていません。傾向としては「萌え系」です。ではほかの店舗はと言いますと基本的には普通の喫茶店の形でありながらメイドさんがいるという感じなので「クラシカルな」方の傾向です。その反対に全国展開していてこの日本橋にも店舗を2店出しているめいどりーみんはこてこての「萌え系」の代表例です。そこへこのたび@ほぉ~むカフェが大阪日本橋界隈の中心部に出店を果たすことになりました。こちらの方もこてこての「萌え系」でひょっとしたらその度数はめいどりーみんより上かもしれません。とある方が「@ほぉ~むカフェはコスパが低い」とおっしゃっていた覚えがありまして、6000円使ったとか言うらしいそうですが、きっといきなり高額セットメニューとオプションをつけられたかつけたかのいずれかと思われます。後以前にはアフィリアグループの店舗がありました。今は梅田に移転した後アフィリアエゴイストとして営業をしております。それ以外では数年前までナスカグループが数十店舗を傘下に収めていた時代がありましたが、とても目覚めがよいモノではありませんでした。1時間500円フリードリンクのシステムはなのですが、1杯目以外はセルフサービスという「個々の店としての存在意義を疑う」ものでした。それならば別個でチャージ料500円を取って「1時間1000円フリードリンク」の様な格好にする方がまだナスカグループも安泰では無かったのかと思います。
場所は変わりましてこのシステムで似たものに広島発祥と言われている「黒猫メイド魔法カフェ」があり「30分1000円(最安)」という分かりやすいシステムと全席カウンター席でメイドさんが注いでもらうのに無駄が無く最適な動線を確立している上にカウンター越しでの会話の出来るひとときが味わえる…と言うのがあります。1時間500円のことを考えるとかなりお高く見えますが、それだけ濃厚な味わい深いひとときは何物にも代えがたいと思います。しかも東京は中野、大阪は道頓堀沿いにまで店舗を出しており今日に至っております。
ただこの仕組み、昔「流川本店」があったときにはよい評価は得られていませんでした。数時間数千円で呼び込みを行っている風俗店を思い起こさせるところがあるからです。しかしこれに続く店が今日多く出店しておりあながち否定されるようなシステムではなくなりつつあります。
再び場所を変えまして…以前名古屋栄大須界隈でのこと。「この後コンカフェどこへ行きますか」と言う言葉をよく聞きましたが、コンカフェの1ジャンルであるメイド喫茶と言う言葉を聞くことはありませんでした。ただこれは名古屋のみでの傾向なのかもしれません。それは大阪日本橋界隈は言うに及ばず、その聖地である秋葉原界隈でメイド喫茶という言葉を聞かないことは無論無いからです。僕としては名古屋にメイド喫茶が台頭しだしたのがいつなんのきっかけでと言うのはわかりませんが、大須301と言うビルの1フロアほぼ全面がメイド喫茶をはじめとしたコンカフェのフロアと化しているぐらいに需要はあったと言うことです。
ある方から「キャバクラやるより儲かる」と言うことでメイド喫茶を始めるところがあるようです。そういうところは無論アルコール類の扱いもあることでしょう。メイド喫茶の場合アルコールの扱い方によりメイドバーという風に言うことがあります。大阪日本橋界隈ではMilkCafeがその典型的な例です。しかしバーとしてやっているところと「キャバクラやるより…」のところはスタート地点が全く違うモノとなっているでしょう。
ここまで書いて言いたいことは「メイドカフェはいつからシャンパン修羅場となったのか」と言うことです。メイド喫茶は果たしてそういうところだったのでしょうか?時代が変わると同時にメイド喫茶の形態も変わるのは当たり前という方もいるでしょう。しかし僕が思うにメイド喫茶の命は「骨格」です。それがコンセプトと言う言葉であり、また「メイドとご主人様」と言うものに表した言葉であり、そして店の独自の個性であります。店の売り上げとしては「単価の高いものを注文する」と言うのは「メイドさんの給仕」に対しての「お返し」「店存続への貢献」として考えられるかと思いますが、シャンパンはかなり高価なものであり「多くの店舗を回る者」としては歓迎できるものではありません。「出来る人」は尊敬はしますが。
最初は学校の文化祭の模擬店のようなところもあったかもしれませんが、次第に「英国紳士がお茶をたしなんでいそうなクラシカルなメイド喫茶」「萌え萌えキューンのパフォーマンスをはじめとしたポップな感じ「萌え系」」など骨格を得てきました。そのように骨格のあるところは今は閉店してても10年間あたりまでは営業を続けられていたり、不動の地位を得た状態で今も君臨し続ける店もあります。
とはいえ最初の始まりは「秋葉原でくつろげるところを」と言うところから始まっていることから「電気街に立地する喫茶店」の要素も兼ねています。これは名古屋栄大須、大阪日本橋にも共通してみられる傾向かと思われます。
ただ大阪日本橋界隈だけで言うとメイド喫茶以外の喫茶店は多く点在し、e-maidも昔は普通の喫茶店であったことは知っている人は知っている事実です。今でも昔ながらの喫茶店は営業を続けており…亭主の高齢化に伴って閉店は時間の問題の場合があるにしても…大阪日本橋界隈の風物詩であることにかわりはありません。またメイド喫茶で言うとCCOちゃが一番の老舗と言われておりその当時からの店の方向性はほぼ変わっていません。傾向としては「萌え系」です。ではほかの店舗はと言いますと基本的には普通の喫茶店の形でありながらメイドさんがいるという感じなので「クラシカルな」方の傾向です。その反対に全国展開していてこの日本橋にも店舗を2店出しているめいどりーみんはこてこての「萌え系」の代表例です。そこへこのたび@ほぉ~むカフェが大阪日本橋界隈の中心部に出店を果たすことになりました。こちらの方もこてこての「萌え系」でひょっとしたらその度数はめいどりーみんより上かもしれません。とある方が「@ほぉ~むカフェはコスパが低い」とおっしゃっていた覚えがありまして、6000円使ったとか言うらしいそうですが、きっといきなり高額セットメニューとオプションをつけられたかつけたかのいずれかと思われます。後以前にはアフィリアグループの店舗がありました。今は梅田に移転した後アフィリアエゴイストとして営業をしております。それ以外では数年前までナスカグループが数十店舗を傘下に収めていた時代がありましたが、とても目覚めがよいモノではありませんでした。1時間500円フリードリンクのシステムはなのですが、1杯目以外はセルフサービスという「個々の店としての存在意義を疑う」ものでした。それならば別個でチャージ料500円を取って「1時間1000円フリードリンク」の様な格好にする方がまだナスカグループも安泰では無かったのかと思います。
場所は変わりましてこのシステムで似たものに広島発祥と言われている「黒猫メイド魔法カフェ」があり「30分1000円(最安)」という分かりやすいシステムと全席カウンター席でメイドさんが注いでもらうのに無駄が無く最適な動線を確立している上にカウンター越しでの会話の出来るひとときが味わえる…と言うのがあります。1時間500円のことを考えるとかなりお高く見えますが、それだけ濃厚な味わい深いひとときは何物にも代えがたいと思います。しかも東京は中野、大阪は道頓堀沿いにまで店舗を出しており今日に至っております。
ただこの仕組み、昔「流川本店」があったときにはよい評価は得られていませんでした。数時間数千円で呼び込みを行っている風俗店を思い起こさせるところがあるからです。しかしこれに続く店が今日多く出店しておりあながち否定されるようなシステムではなくなりつつあります。
再び場所を変えまして…以前名古屋栄大須界隈でのこと。「この後コンカフェどこへ行きますか」と言う言葉をよく聞きましたが、コンカフェの1ジャンルであるメイド喫茶と言う言葉を聞くことはありませんでした。ただこれは名古屋のみでの傾向なのかもしれません。それは大阪日本橋界隈は言うに及ばず、その聖地である秋葉原界隈でメイド喫茶という言葉を聞かないことは無論無いからです。僕としては名古屋にメイド喫茶が台頭しだしたのがいつなんのきっかけでと言うのはわかりませんが、大須301と言うビルの1フロアほぼ全面がメイド喫茶をはじめとしたコンカフェのフロアと化しているぐらいに需要はあったと言うことです。
ある方から「キャバクラやるより儲かる」と言うことでメイド喫茶を始めるところがあるようです。そういうところは無論アルコール類の扱いもあることでしょう。メイド喫茶の場合アルコールの扱い方によりメイドバーという風に言うことがあります。大阪日本橋界隈ではMilkCafeがその典型的な例です。しかしバーとしてやっているところと「キャバクラやるより…」のところはスタート地点が全く違うモノとなっているでしょう。
ここまで書いて言いたいことは「メイドカフェはいつからシャンパン修羅場となったのか」と言うことです。メイド喫茶は果たしてそういうところだったのでしょうか?時代が変わると同時にメイド喫茶の形態も変わるのは当たり前という方もいるでしょう。しかし僕が思うにメイド喫茶の命は「骨格」です。それがコンセプトと言う言葉であり、また「メイドとご主人様」と言うものに表した言葉であり、そして店の独自の個性であります。店の売り上げとしては「単価の高いものを注文する」と言うのは「メイドさんの給仕」に対しての「お返し」「店存続への貢献」として考えられるかと思いますが、シャンパンはかなり高価なものであり「多くの店舗を回る者」としては歓迎できるものではありません。「出来る人」は尊敬はしますが。
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